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賃上げは「加算」ではなく、経営の土台になった。2026年度ベースアップ評価料で医療・薬局経営者が押さえるべきこと

執筆者の写真: Yuki
Yuki
9月4日
読了時間: 7分


「人が採れない」「せっかく育ったスタッフが辞めてしまう」。

医療機関や薬局を運営する多くの方にとって、人材の問題は、もはや現場だけの悩みではありません。診療・調剤の品質、患者さんへの対応、そして経営の持続性そのものに直結するテーマです。

2026年度(令和8年度)の診療報酬・調剤報酬改定で見直された「ベースアップ評価料」は、この課題に対する国からの明確なメッセージだと感じます。

今回の改定で重要なのは、単に点数が増えたことではありません。対象となる職種が広がり、入院基本料等には減算規定も設けられました。賃上げは「できれば行う施策」から、「制度を正しく運用して経営を維持するための前提」へと変わりつつあります。

この記事では、クリニック・病院・薬局の経営者や事務責任者の方に向けて、制度対応を人材定着のチャンスへ変えるための視点を整理します。


事務職まで対象に。職場全体で考える処遇改善へ


令和8年度改定では、ベースアップ評価料の対象職種が大きく広がりました。

これまでの制度では、主として医療に従事する職員が中心でした。今回からは、受付、医事、総務などの事務職員も含め、医療機関に勤務する職員が対象となります。保険薬局も対象施設に加わり、40歳未満の勤務医・勤務歯科医師・薬局薬剤師も対象です。

この見直しは、とても実態に即しています。

患者さんが医療を受けるまでには、予約対応、電話応対、受付、会計、レセプト、地域連携など、多くの仕事があります。医師や看護師だけでは、医療提供体制は成り立ちません。

事務職員の採用難や離職を放置すれば、受付が回らなくなるだけでなく、医師・看護師の業務負担にも跳ね返ってきます。だからこそ、職種ごとに分断して考えるのではなく、「この職場で働く人が、安心して続けられる環境になっているか」という視点で処遇を考える必要があります。

一方で、対象外となる人の確認も欠かせません。40歳以上の医師・歯科医師・薬局薬剤師、業務委託で勤務する人、経営者・法人役員は対象に含まれません。院長や役員については、肩書だけで判断せず、実際の雇用・役員関係と最新の通知を照らし合わせることが大切です。


「算定しない」だけでは済まない、入院料の減算規定


今回の改定で特にインパクトが大きいのが、入院基本料等に新設された減算規定です。

たとえば急性期一般入院料1では、一定の要件を満たさない場合、1日当たり121点の減算となります。これは、対象となる病院や有床診療所にとって、看過できない収益リスクです。

ただし、ここで注意したいのは、全ての医療機関や薬局に一律に減算が適用されるわけではないことです。対象となるのは入院基本料等であり、要件も定められています。

主な確認事項には、次のようなものがあります。

  • 令和8年3月31日時点で入院ベースアップ評価料の届出をしているか

  • 令和6年3月と比べて、継続的な賃上げを行っているか

  • 令和8年6月1日以降に新規開設した施設か

重要なのは、「うちは評価料を取っていないから」と思い込まないことです。届出の控え、給与台帳、賃金改定の記録、就業規則や賃金規程を確認し、自院がどの要件に当てはまるのかを早めに整理しておきましょう。

制度対応は、書類を出すことが目的ではありません。いざという時に「継続的に賃上げを行ってきた」と説明できる状態をつくることが、本当のリスク管理です。


令和9年度の拡大を見越して、給与設計を考える


ベースアップ評価料は、令和8年度だけの話ではありません。

賃上げの目標は、令和8年度に3.2%、看護補助者・事務職員については5.7%です。さらに令和9年度には、同率の追加的な賃上げを目指す枠組みが示されています。

外来・在宅ベースアップ評価料(I)の初診は、令和6年度の6点から令和8年度は17点へ、令和9年6月以降は34点へと設定されています。再診も2点から4点、さらに8点へと上がります。

ここで気をつけたいのは、「令和9年度に原資が増える見込みだから、今すぐ固定給を大幅に上げればよい」という考え方です。

人件費は一度上げると、簡単には下げられません。患者数の変動、診療内容、算定できないケース、賞与、社会保険料なども含めて、実際の原資を見なければなりません。

おすすめしたいのは、2年度分の収支を並べて考えることです。

今年度にどれだけ賃金を改善するのか。令和9年度の増収見込みをどう配分するのか。万が一、収入が想定より伸びなかった場合はどのように見直すのか。

こうした考え方を、給与規程や職員への説明資料に落とし込めると、経営側にも職員側にも納得感が生まれます。賃上げを単発のイベントにせず、継続できる制度にすることが重要です。


8月報告は「担当者任せ」にしない


令和8年度は、新旧の制度が切り替わるタイミングです。そのため、報告業務も複雑になりやすい年です。

令和8年5月以前から評価料を算定していた医療機関・訪問看護ステーションでも、6月以降も算定を続けるには、原則として改めて届出が必要でした。また、令和8年8月には、令和7年度分の実績報告書と、令和8年度分の中間報告書が必要となるケースがあります。

「前に出したから大丈夫」「担当者が把握しているはず」といった状態は、もっとも避けたいところです。

施設内で、少なくとも次の情報は一元管理しておくと安心です。

  • 対象となる職員の一覧

  • 年齢要件を含む対象判定の根拠

  • 届出済みの評価料区分

  • レセプト請求との照合記録

  • 評価料収入と賃金改善額の月次管理

  • 報告書の提出日・提出先・控え

担当者が変わっても運用が止まらない仕組みをつくることは、コンプライアンスだけでなく、職場の安心感にもつながります。


DXは「自動化」ではなく「確認できる状態」をつくるために


電子カルテやレセプトコンピュータは、制度改定への対応に欠かせない存在です。マスタ更新や請求区分の設定は、請求漏れや入力ミスを減らす助けになります。

ただし、システムを更新すれば、それだけで適正請求が保証されるわけではありません。届出の内容と実際の請求内容が一致しているか、対象職員の扱いに誤りがないか、賃金改善額と報告値が整合しているかは、人が確認する必要があります。

DXで目指すべきなのは、単に作業を早く終わらせることではありません。

「誰が見ても、なぜこの金額を請求し、どのように賃金改善へ充てたかを説明できる状態」をつくることです。

その結果として、事務スタッフが複雑な集計に追われる時間を減らし、患者さんへの対応や院内の改善に時間を使えるようになります。


変化を、人が残る職場をつくる機会に


2026年度のベースアップ評価料は、医療・薬局経営にとって事務負担の増える制度でもあります。

けれども、私はこれを「手間の増加」とだけ捉えるのはもったいないと思います。

人材が定着する職場には、共通点があります。自分の働きがきちんと見られていること。将来の見通しを持てること。職種を問わず、チームの一員として尊重されることです。

ベースアップ評価料は、その土台をつくるための原資と仕組みになり得ます。

制度を正しく理解し、届出・報告を着実に行い、職員に還元する。さらに令和9年度の評価拡大も見据えて、無理のない給与設計を行う。

その積み重ねが、採用競争のなかで選ばれ、スタッフが長く働ける医療機関・薬局につながっていくはずです。


参考資料

  • 厚生労働省「ベースアップ評価料等について」

  • 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について【全体概要版】」

  • 四国厚生支局「ベースアップ評価料の届出に必要な様式早見表<令和8年度版>」


※本記事は2026年9月4日時点の公的資料に基づく一般的な情報提供です。個別の算定可否、届出、賃金改善、労務・税務上の判断を保証するものではありません。実務では、最新の告示・通知および地方厚生(支)局の案内を確認し、必要に応じて専門家へご相談ください。

 
 
 

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